2008年09月29日

ISAMU NOGUCHI




先日知りあいのインテリアショップにぶらっと入ったら何故かその日に限ってISAMU NOGUCHIのAKARIシリーズのフロアーランプが気になった。値段を聞いたら「いつもいつもかないまへんな」という表情で「2万円ポッキリ」との答えが。2万円ぐらいになればいいなと思いつつ聞いた答えがピッタしだったので後先考えずに買ってしまった。全く何も買う気のない散歩だったのでいきなりの買物に自分でもビックリ。でも憧れのISAMU NOGUCHI氏の作品の購入に久々の興奮と言いますか達成感みたいなものを感じました。チャールズイームズやジョージネルソンを始めとしたアメリカのデザイナー達に多大な影響を与えたISAMU NOGUCHI氏はインテリアにとどまらず空間全体を独特のオリエンタルな感覚でデザインした方で、60年代に最も活躍した日本人(正確には混血ではあるが)の1人ではないでしょうか。配達されたランプをさっそく部屋に設置しましたが、想像通りリビングルームに雅な雰囲気が加わり、どうやらこれで我が家のリビングルームの演出はひとまず完成したようです。物が増えることで豊かになる考えにはあまり賛成できませんが、将棋で言う詰めの一手みたいな物が最適な場所に収まるとそれはあたかも以前からそこにあったかのような錯覚に陥り物が増えた感覚は全くないもの。今回のランプはそんな買物だったようです。多大なる値引きに加えて配達までしてくれた知りあいのインテリアショップオーナーに感謝です。  

Posted by モーレツカーソン at 18:44

2008年09月25日

南水




昨日榛名方面に出かけた帰りに露天の梨屋によった。時期だし産地だから買わないわけにはいかない。なぜなら私は梨が大好きなのです。宮廷女官チャングムではその昔王様に出す肉をやわらかくするのに梨のすりおろしに漬けるシーンが思い出される。詳しくは知りませんが梨にはこわばった体をリラックスさせる力があるのでしょうか。ともかくほんのり甘くシャキッとした食感とみずみずしさが好きですね。比較的こんでいる店には予想通り二十世紀が山盛りに。そしてそれとは別山で南水という品種がおいてあった。聞き慣れない品種だし値段が二十世紀の倍はする。しかし、試食したとたん即買決定! ともかく甘い。食感とみずみずしさはそのままで味はラフランス以上だ。ただ甘いだけでなくスッキリともしている。高級なジュースを飲み終えたような後味に何だか気持ちもリラックス。体ばかりでなく気持ちまでトロッとさせていただければ少々割高でも止むなしでしょうか。さすが産地だけにおまけもいっぱいいただきましたがすべて二十世紀だったようです。  

Posted by モーレツカーソン at 17:00

2008年09月23日

はまる




ここのところ趣向がカメラに戻りつつあるようだ。骨董だって飽きたわけではないが8月の国立博物館の巨匠対決に続き今月は銀座松屋での白洲次郎 正子展ですばらしい所蔵品の数々に完全に打ちのめされると気弱な私は立ち上がれずに戦意喪失気味になってしまっている。だから市中の骨董屋をのぞいても元来そんな深い知識が無いところで焼き物やら何やらを見るから、仮に気になる物があってもその価値や真贋を読み取れず感覚のみで動かざるを得ず気分は不安になる。ましてや展覧会で一級品の放つ一種独特なオーラを感じた後だと骨董屋の店先にある物すべてがますます疑わしくなる。模写や贋作が平気で横行する世界では不勉強な私などは骨董屋のかっこうの餌食になるに決まっている。そういうだまされることを骨董界では「はまる」と言うらしい。「あの客をはめてやったよ」とか「どうもこの壷ではまったようだ」とかで使う言葉だとか。この「はまる」を何度も経験しないと骨董の趣味人にはなれないとも言う。きっと今の私はそんな「はまりながらおぼえてゆく」ことに閉口しているのでしょう。「はまった」時の悲壮感と散財の恐怖にビビッていると言ったほうが適切かも知れない。古物好きだからこそ知り得る古物の恐ろしさなんでしょうか。そんな私、もう10年以上も中古カメラに「はまってしまっている」。この「はまる」があの「はまる」でないと信じたいものだ。  

Posted by モーレツカーソン at 16:30

2008年09月20日

私のストレス解消法




今日はバンドの練習日ですか。8月が諸般の事情でお休みだったから何だか久しぶりのような気がする。昨日バンドリーダーと電話していたら私のブログを読んでいるらしく「具合が悪かったんだって!そりゃあ先月練習が休みで俺たちB型をいじめられなかったからだよ」と明るく言われた。バンドを組んで10年超たつ。8年目を過ぎた頃なにげない会話のなかでメンバーの血液型を知り愕然とした。私がA型で残る3人がB型、1人がAB型の5人組であることが判明した。「何てこったい!」結成当時から私が曲のアレンジを担当し思想的背景を担ってきたと自負しており、みんなもそれなりによくついてきてくれたと思ってはいた。しかし、よ〜く思い返すとちょっと首をかしげる場面も多々あり、それが不覚にも8年以上もたってから原因に行き着くとは我ながら情けない。つまり、犬に芸をしこむとき一瞬できたと喜んでも実はそれは偶然のたまもので、時間がたつと全く忘れさられて自分勝手な行動に終始し飼い主は落胆するが、それと同様な思いがあったような気がする。それでもあきらめずに芸をしこんだ結果犬もあきらめて飼い主に従うようになるが、それでも節々でもとの性格が露出し飼い主の叱咤にあうことになるのである。この例えにその筋の方々はご立腹とは思いますが、A型がB型の人たちにいろいろ教え込む時は大なり小なりこのような思いに陥るはずである。しかし、逆に私の場合はそういう叱咤を10年以上繰り返すと知らぬうちにそこがストレス解消の場所になり今回のようにたった1回バンドの練習が休みになっただけで体調がくずれる場合もあるかも知れない。確かに練習中Bたちに言いまくったあとの帰りの車のなかでのスッキリした気分は最高で、よく鼻歌を歌って帰ったものだ。現在体調はほぼ良くなったのでその最後のダメ押しに今日の練習はハリキリましょうかね。メンバーには今日は全員ジャージで来るようにメールしておきました。手始めにギターでノックでもしましょうか。楽しみ楽しみ!
ちなみに1人いるAB型もせっかくのAがBで濁っていると判断し他のB型メンバーと同様にこれからも寵愛してゆくつもりです。  

Posted by モーレツカーソン at 17:00

2008年09月16日

教祖のおかげ




押せば命の泉わく〜!今年の夏バテからくる体調不良は指圧の力で見事快方に向かうことができたようです。その先生、私は教祖と呼んでいますが、浪越徳治郎氏の弟子だった人でなかなかの達人。毎年1度はお世話になりますが、今年は8月末にひどい体調不良に陥り教祖の門をたたきました。気のはいった親指パワーに痛くて治療中はもんどりをうつ騒ぎですが終わってみれば極楽になるはずが今回はそうでもない。8割がたの出来という感じでした。まあそれでも数日で快方に向かうのが通例だったのでウオーキングを続けていましたがなかなか戻らない。悶々とした2週間が過ぎた頃偶然道をはさんで教祖と目が合い、なんと私のところにお下りになり「もう1回やれば!」とお言葉をおかけくださった。あまりの救いのお言葉に誘われるままに道を渡り治療院へ。まさに娑婆から三途の川を渡って極楽へのぼる思いでした。今回の体調不良の場合は極度の右目の疲れが右の上半身全体を不調にしたらしく教祖いわく最後に目のこりだけ残った状態だからそこを取っちゃいましょうとのこと。もうこうなると教祖に身をまかせるしかない。しかし信じる者は救われる。2時間を超える治療が終わってみれば今までの不調がうそのように元にもどりました。それと同時に気持ちも上向きになり何だか楽しい気分が戻って何ともうれしい次第です。2回の治療のお布施はちと高かったけれども元の気分と体に戻れる快感にはかえられぬ。ありがとうございます教祖。またそんな時にはお導きください。  

Posted by モーレツカーソン at 18:14

2008年09月13日

絶品カレーうどん




先日お得意先の会社がうどんのチェーン店を出すことになりロゴおよびイメージをデザインさせていただきました。その際ご好意でその店の売りであるカレーうどんをご馳走になりました。麺好きではありながら個人的にはほとんど注文しない品である。どうもむかし食べたイメージが悪かったのか、カレーを日本のだしで割りこんでつくる味がおいしいとは思わなかった。しかし、専務自らがこだわりぬいて作りあげたそのカレーうどんをひと口食べたとたん今までの悪夢から一気に目がさめた気がしました。ともかく旨い。確かにカレーうどんではあるが単にインドと日本を組み合せただけの単純なものではない。かぼちゃとトマトと鶏肉がふんだんにはいったそのスープは物にたとえればツヤツヤした球体ということになるでしょうか。色々な素材のバランスが絶妙に組み合わさりカドのない味の面をつくりツヤさえ感じるようだ。そのスープでこしのあるうどんを味わえばもう視界にはどんぶりの中しかない状態に陥る。途中冷茶で頭を冷やすも考えることは「この残り汁に冷や飯をぶち込んだらどんなに旨いだろうか」なんてことばかり。スープを飲み干して一気に完食!「いや〜!ごっつあんでした」って感じでした。バブル期の飽食の時代を経験した日本ではその後時代がどうあれ不味いものは口にされなくなった。特にお昼時の安くて旨いもの競争は激しいものがあるようだ。そんな中限られたコストの中で生き残りを賭け味の追求に苦心する飲食店の方々のご苦労は並大抵ではないでしょう。今回いただいたカレーうどんからも真面目に味の追求に苦心する姿勢がうかがえ頭がさがる思いがしました。しかし世の中がどう変わろうと真面目に苦心すれば必ず報われると私は信じたい。仮にその報いが満願せずとも途中でズルをするよりはましである。ぜひ大評判の店になるよう期待しています。
ちなみにこのカレーうどんは11月に開店するセキチュウ大利根店の「大喜庵」および高崎市江木町の「四方吉」にて味わえます。また、この会社が展開する「たこ顔」のネギマヨは絶品ですのでぜひご賞味ください。 http://www.takozura.com/  

Posted by モーレツカーソン at 17:00

2008年09月07日

ライカM8の火の粉




鼠色のダブダブのジャケットに黒のズボン。極めつけはジャケットとそろいの鼠色のハンチング。歩く姿は少々猫背気味。上野か浅草か通天閣近辺にいそうな怪しい雰囲気で彼は来た。店に入るなりジャケットの前を大きく広げ自分の一物の自慢かと思いきやそこにぶら下がっていたのは何とライカM8だった。カメラ仲間の彼は私に触発され以前からこのカメラの購入を嘱望していましたが、思いあまって先日とうとう購入してしまったらしい。その日は一日中銀座を徘徊しカメラ本体とレンズを購入したらしい。まあ、高いものでもあるし感極まったのでしょう、まずはさんざん揺さぶった私に見せるのにあの怪しい演出を考えたらしい。さらに彼の場合は奥方に秘密裏に購入に踏み切ったらしく、その後のスリルを考えればこの場だけでも怪しく陽気に過ごしたかったのでしょう。銀の梨地をあえて選んだのも私の黒とのバッティング回避以上に彼が所持するカメラに同じ色が多いのでその中に紛れ込ませれば気付かれないだろうという作戦からだそうだ。私の場合ターゲットを決めるとまわりにアナウンスして金銭と理解の下地を作ってから買うので隠蔽工作は必要ありませんが、よく都内のカメラ屋のガラスケースの前で出くわす固まっちゃってるサラリーマン風の人は皆頭のなかで彼のように色々な作戦シュミレーションをしているのでしょう。まあ、あれやこれやで悩むのがまたおもしろいのでしょうし、趣味人を極めれば極めるほどにその悩みの深さも増すようです。ただ、今回は私はあくまで対岸の野次馬。いらぬ火の粉をこちらに飛ばさよう彼にはお願いしたいものだ。  

Posted by モーレツカーソン at 17:00

2008年09月04日

うなぎに感謝




ここのところ職業病と言いますか、目の酷使からくる体の不調に悩まされている。知らぬうちに右目ばかり酷使しているらしく右の肩から背中のこりが激しく指圧にかかったりお灸をしたりとしんどい日々がここ1週間ほど続いています。当然気力も萎え気味で憂鬱である。1年に1度はおこる現象なので自分でもある程度は心構えはできていますが、いざそうなると出口をさがすのにひと苦労する。つまり毎年起こるけれどもその治癒方法はその都度ちがうので色々試さないといけない。今回の場合先日の東京旅行での初日の超高温多湿の真夏陽気と2日目の秋のような肌寒い気候とその2日間の疲労が原因しているようだ。しかし、あの旅行でまだやり残した感と言うか未練のようなものもあり「もしかしたら!」と思い昨日おもいきって都内へでかけて来ました。それは上野伊豆榮で2段のうな重を食べること。旅行で食べるはずでしたが激しい雷雨とその後の蒸し暑さに負けて浅草大黒屋の天丼にしてしまったのが自分では悔やまれてならなかった。その後目の疲労からくる不調に陥ったからよけいに悔やまれ、昨日その思いが爆発したわけだ。不忍の池を臨む2階の席でゆっくりとうなぎを堪能してゆくにつれ不思議なことに自分の右目は楽になっていた。やっとここに辿り着けたという達成感と医食同源の極意と言いましょうか、うなぎのビタミンBが私を少し快方に向けてくれたのかも知れません。その後先日宿泊したお茶の水の山の上ホテルの喫茶でコーヒーを飲みリラックス。その後は神田古本街を少々散歩する余裕まで生まれました。途中老舗古書店で江戸川乱歩の初版本が¥350000で売られているのを発見し驚きましたが特に血圧は上がらず平静を保てました。昨日の東京は激しい残暑で逃げ場のない暑さにめまいさえ感じましたが、やっと見つけた快方への糸口をすこしづつ辿ってゆけば何とかなるという気持ちが私を前に進ませてくれたようです。今年はうなぎに感謝ですね。  

Posted by モーレツカーソン at 16:34