2009年01月27日
獅子

骨董に興味をもってどのくらいになるだろうか。自分の身につける物にぶら下げる根付から始まり、今は部屋の所々に飾る調度としての骨董が好きだ。特に縁起にまつわる七福神や龍や獅子がおもしろい。みんな想像上の産物だけれどもそれぞれに深い意味があり、手に入れた品物の時代や素材も含めてその意味を調べ当時それがどのような場所で活躍していたかを想像するのが楽しい。骨董屋の言うことは半分だから家に帰ってもういちど調べ直すのが習慣になった。幸い今はネットがあるので縦横無尽に世界中を飛べるから詳しく分かるし時代の勉強にもなっていいかもしれない。しかし骨董はカメラとちがって時代も深く品番管理なんてされていないからその真贋まで含めて調べるのは難解な推理小説を読み込むようだ。縁起物などは置く場所までちゃんとしないとかえって災いが降りかかるようで気持ちが悪い。特に獅子は幸運を呼び邪気を追い払うといわれているが家の中で人が和み集うところに置くと獅子のパワーが強すぎて逆効果らしい。玄関が一番適しているのだそうだ。たしかに神社やお寺を見ても獅子の彫り物や狛犬は人が社殿に進む方向にむかって配置されており、お参りする人の邪気を払う役割をはたしているのだろうと思う。ということで先日一年間の長き交渉を経てやっと手に入れた獅子の見事な彫り物は我が家の玄関に鎮座することに相成った。社殿の柱に取り付けられていたその組み木の獅子は彫りも表情も大きさも私にとっては国宝か重文級。しかしそれでは12月に家にやって来た一木の恵比寿大黒像の立場がないではないか、結局買い物好きのオヤジが欲望のおもむくままに買い込んでいるだけではないかと怒りにも似た思をされている方々も多いのではないかと思うが、「心配ご無用!!」 すばらしい朝日を我が家に差し込んでくれる東向きの出窓に置き、その光が後光のごとく恵比寿大黒の背後から光る様に何だかありがたい気持ちにひたる毎日が先日から始まったのだ。これも獅子のおかげと考えるのは都合よすぎるとのお叱りも聞こえてきそうではあるが「これも流れ」とひとり納得の日々である。しかし私も年をとったものだと思う。こんな縁起物の置き場所に気を配ったり、四季おりおりの風習や行事を快く受け入れるようになった。ウオーキングの最中や窓から見える情景に感動することも多々ある。そんな時、人はきっと自然の中で生かされているのだ、そしてその不思議な力が人の流れてゆく行き先を良くもし悪くもするのだろうと思ってしまう。はたして私はどこへ流れ着くのか、そのてん末を見とどけるのが結局私の最大の楽しみのようだ。
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18:19
2009年01月24日
大統領


とうとう米国に白人以外の大統領が誕生した。今まで白人の候補者同士での大統領選挙ではその人の政治姿勢よりも宗派とか家柄とが軍歴とかが当落に影響する場合も多かったようだが、それは両者が白人であるという当然ともいうべき常識の土台に立ってのことで新大統領オバマ氏の場合は生まれた時から黒人であるという大きなハンディーをも克服しての大統領就任なのだからたいへんなご苦労だったと思う。100m走ならスタートの地点でもう100m後ろから走らされるようなもので普通は勝負にならない。しかし、そんな勝負にあえて挑み見事勝利できたのは相手が弱かったからではなくその前任者がとった政策がゆえに起こった戦争や大不況にアメリカ国民が怒ったからだ。世界のリーダーシップたるアメリカの存在はいっこうに構わぬがそれを力と傲慢で押し切るのには限界がある。過去の歴史を見ても世界の覇権をもくろんで最後にはさんざんな目に遭った偉人がたくさんいる。そんな勘違い大統領を1期ならず2期も就任させてしまったアメリカ国民の責任は重いとは思うが、今回そんな路線に怒りをもってNOを突きつけた人々の意思には属国日本国民の私からも敬意を表したい。しかしその属国日本を顧みれば変革を叫びながらも変化を恐れ、閉塞感のみが重く漂い、日本人としての誇りなどは完全に薄れ、他国の首長の就任劇に感動するばかりである。こんな事ならどうせ属国なんだから主権をアメリカさんにお譲りしてこのお荷物国だけは支配してもらったほうが良いのではないか。
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17:00
2009年01月17日
本庄





先日私の生まれた本庄を写真におさめた。子供の頃に学校へ通った道すがらや記憶にある街の風景をとどめておきたいと思い一人で電車に乗ってでかけた。折しもその日は冷たい赤城おろしの空っ風が吹き荒れ、私の子供の頃の記憶にある本庄のイメージそのままの日だった。電車の中ではなつかしい記録写真がきっと撮れると少々ウキウキしていたが、駅をおり記憶をたどって街を歩くにつれて何だかつらい気分になってしまった。そこはまるで戦場であったかのように荒廃していたのだ。私が街をはなれて25年以上たつが、その間何か起ったのだろうかと疑いたくなる気分。思い出にある建物も点在はしていたが、それはあたかも戦火をまぬがれて生き延びただけでその後は朽ちるのを待つだけの運命しかないように思えてならない。途中よくコロッケを買い食いした肉屋のおばさんと話ができたが、その店のならびの私がお世話になった塾の先生が去年孤独死で見つかったという事実に驚愕し、つらい気分にさらに追い打ちがかかりどうしようもない悲しい気持ちになってしまった。しかしあいかわらずの強い空っ風はそんな私のウエットな気分をどんどん乾燥させてゆき、そして思い出のある街並みもよく遊んだ公園も学校へ通った道も両親の墓もみな埃まみれにしてゆくのだろう。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と室生犀星はうたったが、私には「ふるさとは遠い記憶の中でのみ思ふもの」と肩を落として郷里本庄をあとにした。そして帰りの電車のなかで私はふとこんな文章を思い出した。
「口繩坂(くちなはざか)は寒々と木が枯れて、白い風が走つてゐた。私は石段を降りて行きながら、もうこの坂を登り降りすることも当分あるまいと思つた。青春の回想の甘さは終り、新しい現実が私に向き直つて来たやうに思はれた。風は木の梢にはげしく突つ掛つてゐた。」(織田作之助「木の都」より)
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17:00
2009年01月13日
モンキーブーツ


今日注文していたブーツが届いた。なかなか良い。モンキーブーツという。モンキーといっても猿でなく工具のモンキーレンチのように靴ひもで自在に絞め込めるのでモンキーという名になったようだ。別名レーストゥートゥーとも呼ぶらしい。何だかこの頃アメカジが楽しい。もともとどっぷり漬かっていたジャンルだけれど大人になるにしたがって疎遠になっていた。思考もシルクロード経由日本着みたいなところにハマっていたが、さらなる刺激をもとめたらそこにアメリカを入れるとゾクゾクすることに気づいた。アメリカといっても私が好きなのは1930〜60年代頃。大恐慌と世界大戦をくぐりぬけ異常な繁栄と世界の覇権をわずか30年で実現させてしまった頃だ。服もその時代に大いに進化し、ヨーロッパの影響を拭い捨て完全なアメリカンスタイルができあがっている。今回購入のブーツも当時のアメリカの労働者向けに考えられたデザインを若干現代風にアレンジしたものでその雰囲気は十分にそなえているようだ。さて、これをどう履きこなしましょうか。ガチガチのアメカジなんてもともとする気はありません。思考と同じで色々な要素をどれだけセンス良くミックスするかがおもしろい。とりあえずレザーパンツに上は古着のデニムカバーオールでイタリア製ラナウールのマフラーして、さらにバーバリーのステンカラーコートの重ね着なんてどうでしょう。頭には大阪は天王寺のコテコテ地区製造のハンチングというより鳥打ち帽が良さそうかな。
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17:00
2009年01月11日
何やってるんだよ政府は

今日は高崎は成人式らしい。式のある音楽センターに向かう道は渋滞し、その車の中には晴着の新成人の姿がちらほら見うけられる。どうせ乱れた成人式がニュースになるのだろうが、この報道もここまで毎年続くともう飽きた。勝手にやってろという感じだ。この頃の朝の番組では迷走する定額給付金の話題がよく取り上げられ、司会のみのもんたさんや小倉さんがしきりにその中止と政府への怒りをあらわにしているが、言ってる本人が高額所得者では真実みがなく見ている庶民はシラケるしかない。それより私には重要なことがある。2月にまた中古カメラフェアーがあるのだ。18日の水曜日から銀座の松屋だ。去年も参加したが銀座松屋のやつは年間数ある中古カメラフェアーのなかでも最も盛り上がる重要なイベントだ。イスラムのメッカ巡礼にも匹敵するそのイベントがこのような未曾有の乱れた世の中にあっても救いを求める信者でひしめきあうのは今からでも容易に想像できる。カメラ仲間のIN君に打診したところすぐさま参加表明をもらった。ということで今回はタッグチームでの参加となりそうだ。しかしタッグの場合興奮のあまり不用意に口をつく大声の群馬弁にはくれぐれも注意したいものだ。それといざという時の資金的裏付けも必要だ。どうも定額給付金の支給はあってもその頃は無理のようだ。もしあれば家族の分をすべてにぎってでもでかけるのに。何やってるんだよ政府は。
写真は桐生の骨董市で出会う骨董屋さんでどうも日本軍好きらしくいつもこんな格好で商売をしている。その関係上警察からの職務質問をたびたび拝聴するらしい。キリットした目線に粋を感じ撮影させていただいたもので、今回敬意をもってアップしたが決して本文の内容とは関係ありませんのであしからず。
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17:00
2009年01月06日
人の情 元年

新しい年の始まりです。ご来光を仰いだ後恒例の駅伝見物にでかけ、普段はもらったことがないのに今回は何故か富士通関係者から1本小旗をもらいつつ「なんだ富士通か.....」なんて思っていたらその富士通が見事優勝してしまい驚いた。年末には骨董市で見事な恵比寿大黒像を購入し、家のお正月の飾り付けにも凝り、30日には榛名神社にお礼参りも済ませ、気持ちよく新年を迎えていきなり富士通の偶然だったので「こりゃあ、春から縁起がいいや!」と期待したが、宝くじには今回も見事落選した。もっとも10枚しか買わなかったのにこれで当たったらそれこそバチが当たるかもしれない。そんな正月にNHKで放浪の画家 山下 清氏のドキュメントを見て感動した。施設を抜け出し線路伝いを放浪する彼の姿やその後描いた絵には当然の魅力があるが、私が感動したのはそんな彼にやさしい言葉をかけたり施しをした人々や当時の世相にだ。全くもってほのぼのとのんびりとしている。今だったらランニングにリュック背負って線路伝いを歩いていたら不審人物で御用か袋だたきにあうかが相場。多少は警察のご厄介にもなったようだが、それでも彼が自由に放浪できたのは当時の人々の厚い情のおかげで、彼もそのお返しにあのようなすばらしい絵を多数世に残してくれたのだと思う。それは日本が戦争に突入してゆきその後敗戦し再び自立してゆこうとしていた時分だ。いやな時代だったろうし景気も悪かったはずだ。しかし人の情だけは濃くそれが社会の底辺をささえていたのだろう。今テレビをつければ必ず大量の家を失った失業者とその方々に施しをするボランティアが映し出される。時代が変われどこんな時こそ人の情の濃さが問われているのかもしれない。しかし情とは受けるばかりでなくその恩を返して初めて情となすと信じる私は、今路上で熱い汁をもらいすする彼らがいつかその恩を世間に返してくれればと祈るばかりだ。
Posted by モーレツカーソン at
17:23

