2009年04月25日
重い思いのその先は


さて、地蔵が手に入ったら次はそれをベランダにどのように置くかだ。とりあえず素の状態で置いてみたがどうもいまひとつ物足りない。庭でもあれば土に埋め込んで終了だが、マンションのベランダではそんなわけにいかない。いろいろと思案の末、野趣あふれる雰囲気にするには枕木が最適ということになりセキチューとジョイフル本田をはしごした。恥ずかしながらこの年になるまで世のガーデニングコーナーとやらには足をふみいれたことがなかったが、そこは枕木はもちろん石、タイル、レンガ、砂利などなどアイデア次第で普通の庭が一変してしまうようなアイテムのオンパレードという感じ。枕木という想定で臨んだもののあまりのおもしろさに固まった思考をご破算にしてあれやこれやと動物園の熊のように売り場を行ったり来たりのありさまだった。結果オーストラリアから来たボロボロの枕木と白玉の砂利におちついたのだが、それからがたいへんで一人でそれらを家に運び込みああじゃないこうじゃないを繰り返したのちとうとう我が家に来た地蔵の究極の居場所ができあがったのだ。ろうそくの淡い光に映る地蔵はそれはもう幽玄で、柔和なその表情は見ていて飽きない。きっと地蔵もそのしつらいにご満足いただいたのではなかろうか。しかし今回の地蔵の一件では本体はもちろんその台座や枕木、砂利にいたるまで全てがそうとうな重量で、体力には多少の自信のある私でもかなり往生した。きっとエジプトのピラミッドや日本の城の石垣づくりに従事した人々はこの何千何万倍も苦しく重い思いをしたのだろうなどとくだらぬ事を考えながらも、終わってみれば頭のなかは空っぽですがすがしくも感じられた。たぶんこんな単純に重いということに真剣に取り組むと、人は苦しみの上にある快楽みたいなものにふれることができるのかもしれない。いい経験をした気分だ。
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18:00
2009年04月18日
地蔵が家にやって来た

地蔵が家にやって来た。ベランダに石仏か灯籠を置きたいと思い始めてからかなりたつ。恵比寿大黒像、獅子の木彫ときたら次は必ず石仏か灯籠なのだ。眺めの良いベランダにはぜったい石仏か灯籠なのだと勝手に決め込んで縁の訪れを密かに待っていた。そうしたら思いがけず昨日友人の蔵出し屋さんが石仏を骨董の競売で競り落としてくれた。携帯の画像をもとに希望価格を伝えあとは彼まかせという状態は合否の連絡を待つ受験生のそれと似つかわしいが、ここはともかく彼を信じて満を持した。普段ならイライラしたりソワソワしたりだろうが、驚いたことに今回は強い縁を感じたので待つあいだも心は少しも弛まなかった。そして間もなく落札の連絡を受けた時にも静かな喜びが少しづつ体ににじみわたるという感じであった。その後実際の石仏と対面してみると写真では確認できなかったがその表情はあくまで柔和で穏やか。その歴史やいわれはわからぬが我が家に入った時から新たな歴史やいわれが始まるのかも知れないとなんとなく感じてしまった。思えば私もこんな生き方をしてしまったがゆえに自身で頑なに固まった心の部分を引きずって来てしまったが、ここまで年を重ねるとだいぶ疲れも見えて来た。これからもどんな道が待っているかは知らないが、この地蔵の縁をきっかけに柔和で穏やかな気持ちが心の固まったところを溶かしてくれれば「その道もまた楽し」かもしれない。この縁を導いてくれた友人の蔵出し屋さんにはおおいに感謝したい。
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17:00
2009年04月13日
O君の帰郷

毎年3月から4月は年度末と新年度ということでとかく人の出入りが多くなる。サラリーマンにとっては転勤月ともいえるのだろう。私の住むマンションでも出る人、入る人で引越し業者がここ2ヶ月頻繁に訪れている。そんな折、私の知り合いでタワーレコードの店長として長らく広島に飛ばされていたO君から電話があり、とうとうその仕事に見切りをつけて家族で群馬に帰ってくるという知らせをもらった。子供の進学を期にという理由が主らしいが、彼自身も長らく郷里からほど遠い地での仕事からのストレスで体重が0.1t近くまでふくれあがりこのままではという気持ちが強く働いたのではなかろうか。確かにこのまま広島でということなら腹もくくれようが、悲しきサラリーマンの宿命か、上の機嫌でいつどこに飛ばされるかもしれぬ日々と家族の様の板挟みにかかるストレスは相当なものだったのだろう。ましてや遅くまでの営業時間で生活のリズムが崩れてしまえば太るのも止むなしか。彼の場合は自身の間食癖がストレスの反動で過激に出てしまったようでその太り方も人一倍激しい。そんな彼が今回家族を顧みてリセットを一大決心したことには私は賛成だしできることがあれば応援したい。しかし内陸とはいえ群馬がさらに0.1t重くなるのは少々心配だ。
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18:59
2009年04月09日
極めて平和





先週の土曜日は恒例の桐生天満宮の骨董市に出かけ、さらにそこから東北自動車道を使い上野公園に行き八分咲きの群馬の桜と絶頂の満開を迎えた東京の桜を同時に堪能してきた。特に上野公園は異常な人出で前に進むこともままならないほど。地面が見えぬほどにブルーシートがはりつめられ無数のグループが宴会でもりあがっていた。奇しくもこの日は例の北が人工衛星というミサイルを発射すると予告した初日。「テポドンどうした?」なんて会話が雑踏のなかでちらほら聞かれたものの桐生も上野も、いや日本はこの日も極めて平和だったようだ。ファインダー越しにも十分それは伝わってきたように思える。そして多分私はそれを確認したくて桐生からわざわざ上野まで行ってしまったのかもしれない。それと話題の高速の土日割引も経験できたので何だかこの日は日本の平和と経済効果を同時に体感できた貴重な1日となったようだ。
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18:41
2009年04月06日
エイプリルフール








先日カメラ仲間のIN君の用事につきあって信州松本に行ってきた。ちょうど1年前にも旅行で訪れていたので何かの縁を感じその誘いにすぐ乗った。何でも彼の店の改装にあたって念願のイギリス製アンティークドアを手に入れるのに松本に強力な店があるとのこと。焼肉屋の改装にイギリス製アンティークとは、そのアンバランスさが楽しそう。彼もその発想の随行人は私しかいなかったようだ。店はVictorian Craftという。イギリスからドアや家具やステンドグラスのアンティークを輸入しお客様のオーダーに応じてサイズや色を仕立て直すというおもしろい商売だ。行ってみて驚いたのだが地方にありながらそのレスポンスは高く、ネット時代ということもあり全国のイギリス好きからオーダーがあるようだ。実際その日も習志野から遠路はるばる品定めに来たおばさんが舐めるように家具を見ていた。ドアだけでも200枚以上あっただろうか。それぞれにブラスの金具やステンドグラスが施され素材も雰囲気も貫禄十分で、聞けばみな100年近前のものばかりとか。そういえばヨーロッパでは100年以上経過したものでないとアンティークとは呼ばれないらしいが、そんなドアがレストアされて再びIN君の店でアンバランスに息を吹き返す様がおおいに楽しみだ。その後市内を撮影かたがた散策したが、当日は曇りのち雨その後雪という予報にもかかわらず薄日がさす穏やかな陽気に気分もほぐれ、1年前の思い出と記憶をたどりながら歩く路地は私にとっては浮き世の憂さを一瞬でも忘れさせるにはもってこいだったようだ。しかしその天気も午後3時頃には雷雲と強い雨に急変し後ろ髪を引かれる思いで松本を後にしたのだが、帰路でその雨が雪に変わり姨捨山(おばすてやま)の辺では日中の春の情景が一気に真冬の雪景色に逆戻りしてしまった。春先の不安定な低気圧のいたずらとはいえ、こんなに極端な天気の変化は生まれて始めての経験だ。奇しくもその日は4月1日。エイプリルフールにしては洒落がきつすぎる。となりで真剣にハンドルを握るIN君のこわばった表情がいまだに忘れられない松本行脚だった。
Posted by モーレツカーソン at
17:00

